U 虐待の影響

 

U−1 被虐待の加害者

 Steelらが調査した60虐待家族の報告書によれば、年齢は18〜46歳で20代が多く、性別は大多数が女性(母親)が多かった。学歴・宗教は様々であるが、殆どが白人でIQは73から130にわたり、大多数の知能は平均値であった。しかし80%は女性・妻・母として同一性形成に問題があった。正確傾向も多くの類型があったが、抑うつ的、劣等感の強いものが比較的多かった。加害者が子どもの頃適切なマザリングを受けていなかったことをBreackは指摘し、家庭法学者Katzは両親が幼少年時代愛情を剥奪されており、特に母親の方の障害が重いという見解を述べている。社会階層の上下に関らず、両親に精神病理的な障害のある限り、虐待の再犯率が高いことを強調している。苦しみを知っている人間は他人に優しく出来る、といわれることもあるが、愛情を知らずに育った人はそれを他者に与えることは出来ない筈である。それは、日本語を全く理解していない人が『人に親切にしてもらったら、“フザケルナ”といえばいいんだよ』と教えられた場合、そのように答えてしまうのと似たような現象であろう。しかし、この場合は、間違いを指摘し正しい言葉を教えれば良いだけであるが、愛情に関してはそう簡単にはいかない。愛情は理屈ではないからである。

 Grumetによる虐待する300人の親についての総括的な論文によれば、90%が経済的問題もち、70%が不熟練労働者、40%は2年以内にたえず転職し、33%が離婚暦を持ち、52%が自分の親から無視、虐待されていた。そして、62%が慢性アルコール中毒、35%が精神病、5%が精神薄弱であった。また、両親の年齢は若いこと多かった。精神病の親にもっと注意を払うべきだという考えもあり、精神

病の親の治療が不充分な場合、緊急介入が必要なことが多い。

 親が精神病に罹患している場合、精神病過程の母親にとって育児は負担が大きく、些細な欲求不満が激しい虐待行為となって爆発したり、妄想に支配された親が子どもを拘禁したり、乳児を放置して栄養失調で死亡させたりしている。そのような場合、親族や隣人も関わり合いを避けて、見ぬフリをしていて、福祉機関や学校が子どもの援助をしようとしても困難な場合が多いようである。

 

U−2 被虐待の被害児

 被虐待児の約3分の1は精神発達遅滞であり、40%は神経学的障害、38%は言語の問題を持っている。虐待あるいは遺棄・放任された子の70%は精神発達遅滞であるといわれる。

 Greenは、子どもが暴力を前にして陥るパニック状態を外傷性神経症にたとえ、一時的に重篤な自我の後退を伴い、ほぼ精神病的な状態に陥り現実吟味が不可能になるとしている。また、彼によれば、被虐待児の40%は直接的な自己破壊的行動を示す、これは正常児対象群より推計学的に有意に高率であるという。また、被虐待児の方が正常児よりも精神発達遅滞や言語発達遅滞が多くみられる。

 被虐待児の性格の特徴としては、衝動的・攻撃的・多動・反社会的な子どもと、無口・抑うつ的・反応が乏しく他者の攻撃性を誘発する子どもとにわかれる。前者(表1…1/3/4/5/7/8)は、「乱暴な嫌われ者・いじめっ子」として攻撃する親に自らを同一化し、後者の(表1…1/2/4/5/6/7/8)「いじめられっ子」は攻撃され続けて萎縮し無力になった状態で事故にあいやすく、怪我も多い。被虐待児の特有の表情として「凍りついた凝視(frozen watchfulness)」が言われる。これは、無表情・無感動の仮面をつける事により、彼らは保護する筈の親が突然恐ろしい迫害者にかわるというショックから自我の崩壊を防ぐ手段であろう。

 

U−3 虐待が子どもに及ぼす影響

 被虐待児の様々な虐待により受ける影響は、身体面・精神面・行動面・表情など。子どもの全分野にわたって表れる。そして、正常な人間関係がなかなか結べないのも特徴の一つである。

 まず、正常児に比べて体の成長発達が遅れ、なかなか背が伸びなかったり、体には何の異常もみうけられないにも関わらず体重の増加が見られないなど、被虐待児は心の栄養不足から身体的発達を阻害される。

 A子(1歳児)は、アルコール中毒症の父親からの度重なる身体的虐待(殴る・蹴るなどの暴行の他、床に叩きつける等)により、全く正常な状態で生まれてきたのにも関らず、障害児(片目の失明と、脳性麻痺による肢体不自由)としてその生涯を送ることとなってしまった。

 頭部への外傷の結果として、脳障害・神経学的障害・知的発達遅滞・運動発達の遅れ・学習障害などがあげられる。

 脳障害によってひきおこされる症状は、侵された部位、障害の程度、急性か慢性かによっても様々であるが、一般に急性の障害では、意識障害がひきおこされ、慢性障害では知能の低下や性格変化がもたらされることが多い。脳は、部位によって構造や機能が異なるので、脳の局限された部位の損傷によって固有の症状が多い。運動系の損傷による四肢の麻痺や失調などの運動障害、感覚系の損傷による各種の感覚障害、前頭葉損傷による発動性障害や人格変化、側頭葉損傷による記憶障害や性格変化、頭頂葉損傷による失認症や失行症、言語野の損傷による失語症などがその典型としてあげられる。脳障害は、いったん生ずれば、回復が極めて困難である。障害部位の神経細胞は再生しないので、被虐待児は一生障害と付き合っていくことになる。

 また、ネグレクトにより登校出来ない子どもは学習機会を極端に制限されたり、性的虐待を受けている子どもは絶えず不適切な刺激を受けたり、好むと好まざるとに関らず良くない情報が入ってくる。また、子どもに対する過剰な期待と、失敗体験は子どもの自尊心を著しく傷つけ、知的・認知的発達に影響を及ぼすとされている。

 虐待を受けた子どもの性格形成はU−2でも触れたが、親から受ける虐待にたいする防衛規制として、他者に対する過度の攻撃性が認められる。また、度重なる虐待の結果感覚機能は鈍磨し、虐待を受けるのは、自分が悪い子だからと極端な自己否定と貧困な自己概念を形成し、他者を信頼する能力は欠落し対人関係において、しばしば虐待関係を成立させようとしたり、不適切な強い愛着行動を示す。

 この、虐待関係の成立と、不適切な強い愛着行動について、以下に例をあげて説明する。

 B子(5歳)の家庭で虐待関係が認められたので、急遽親子を分離させ被虐待児を施設へ保護したところ、B子はわざと施設職員を怒らせる態度をとったかと思えば、必要異常にベタベタしてきた。また、同施設のおとなしいC男(3歳)を職員が見ていないところで叩くなどしていた。このB子の親子関係=虐待関係である。本来家庭は、子どもが最初に体験する社会であり、親子の関係は初めて経験する対人関係である。虐待を受けてそだった子どもは、虐待が嫌なものであると感じつつも、それ以外の対人関係の結び方を知らないのであるから、おとな(=親)と子ども(=自分)は、加害者と被害者の関係が常に成立すると、考えても不思議はないであろうし、被虐待児の心理として虐待は悪い事ではない、と思い込むことで自分の危うい精神状態を今一歩のところで踏みとどまって、バランスをとっているのかもしれない。

 また、その日の気分によって、同じ事をしても怒られなかったり怒られたりする子どもたちは、取り敢えず、なんとかしてご機嫌をとろうと試みる。例えばそこで、施設職員に今までにない優しさで迎えられたする。被虐待児の中には、おとなとは虐待関係にあるという考えがあるのだからその優しさを出来るだけ持続させようとして必要以上に甘えてくる。そうかと思えば、少しでも自分の気に触ることをされると極端なほど、相手を突き放したりもするし、人と別れるときの分離不安の感情が欠落していたりもする。

 その他にも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)自己概念の障害(極端な自己否定・極小評価)や、解離性障害(意識の切り離し・感情の切り離しと麻痺・多重人格障害)・その他の心理的影響(擬成熟性・食べ物への強い固執・境界性人格障害)などがあげられる。

 心理的外傷ストレス障害(PTSD…Post-Traumatic Stress Disorder)とは、文字通り、心的外傷(トラウマ)を受けるような体験をした人がその後に発病する病気のことである。共通する特徴はいくつかあるが、単純な不安や鬱とは異なり、PTSDは非常に特殊な一連の症状がある。公式のマニュアルには、以下のように述べられている。『この疾患の基本象は、通常の人間の体験(つまり、単なる死別や慢性疾患・仕事上の失敗・婚姻上の摩擦のような常識的な体験)からほど遠い、心理的に抑うつされるような出来事に引き続いて、特徴的な症状が起こることである。これらの症状を生み出す、ストレスの原因はほとんどすべての人に著しい苦痛を与えるものであり、それを体験すると通常、強烈な不安や恐怖・無力感が生じてくる』

 一般的なPTSDの種類の一つに、「人間の生命あるいは体に対する深刻な脅威」を受けたときがあげられる。虐待によって死にいたるケースもあるのであるから、被虐待児が強度のPTSDに苦しめられていてもおかしくはない。

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